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Y子さんの日記

メンタル日記 ボーダーラインの症状、統合失調症など

昔のこと

友達のA(私と関係のある男ですが、ただの友達で、彼女がいます。私に本気の気持ちは全くありません。)から2,3日音沙汰がないので、寂しく思っています。

でも以前は24時間以内に返事がないだけでとても落ち込むことがあり、「私についに愛想をつかした」「私のことがどうでもよくなった」と思って、焦り、メールボックスを開けないまでになりました。

なので私は別のメールアカウントを作って、彼とその他の人とやりとりするメアドを変えました。

昨日の朝はとても落ち込みました。いつも涙を我慢しているような感じです。

母親からの言葉を(私を傷つける、ちょっとした一言)思い出して、とても暗い気持ちになりました。そして、母がそう言う理由は私の病気にも関係があり、症状にも関係があると思うと、どうして私がこの病気に・・・と思いつめて、そして彼(A)から返事がない・・と思うと世界に取り残された気がして、トイレの便座に座りながら、泣きました。

とても苦しい気持ちでした。

今朝はそこまでではありません。

ただ毎日朝起きて、誰かに「おはよう」といえたらいいのに・・と思います。

 

いつも天井を見上げて「私はどうしてここにいるの」「どうして毎日この仕事のことを考えているの」「どうしてあのAと関係をもったのか」「常軌を逸している」「おかしい」「ここにいていいのか」「このアパートの部屋は私の部屋なのか」「恋人が一生できないのでは」「一生孤独なら今死にたい」「老けたくない」

と感じるのです。

でも起き上がって顔を洗うと、そのような気持ちはどこかへ行きます。

 

昨日の朝はくらい気持ちだったので、仕事をする気力がないまま仕事に出ました。昨日のは気楽なほうなので、大丈夫でした。

 

昨日、一昨日は辛かったです。常に自己嫌悪して、イライラして、自分を嫌に思っていました。

 

昨日、良くない発言をしたと思いました。

子どものころ、その人は体罰を加えられた話をしました。何かよくないことをすると、正座させられたとか言ってたのですが、私は自分の場合は、予測不可能に母の気分が悪い時によくたたかれたと言うと、悲しそうな顔をしたんです。

その人に対して、悲しい気持ちにさせたのを思うと、この発言はまずかったと思いました。

私は別にその時同情を求めてはいなかったので・・・。

母は、機嫌のいいときは、やさしく面白い人で、機嫌が悪いと、今のことに加えて、一週間前の失敗、一ヶ月前の失敗、三ヶ月前の失敗について「あのときもこうだった」「あのときもこうだった」と責め立てる人でした。なので私は絶対に失敗をしたくないと思っていました。失敗を一度すると、一度だけ怒られるのではなく、何度も何度も未来に怒られるからです。

機嫌が悪いと、母はいらついて私をすぐたたく人で、私はびくびくしてたんです。母が機嫌が悪いと距離をとりました。

今でも機嫌が悪くなると、ヒステリックに叫ぶ人で、私はこの間実家で、びくっとした恐怖を感じました。「うるさい!」「だまってて!」と。

とても怖くて、何もいえなくなりました。

 

あと彼女は私の非意図的なことにも文句を言って私を常に責めていました。髪の毛が一本床に落ちていると私を責めました。私は髪の毛が落ちるのを防止することができないので、「不条理」「解決法がない」と思っていても、ただ我慢して黙っていました。

「また落ちてる」

「また落ちてる」

でも長い髪の毛を強要していたのは母です。楽器を弾いた時によりキレイに見えるから、という理由で私は長年長い髪の毛を強要されていました。私は時々短くしたい、ボーイッシュにしたいと思うこともありました。でもダメと言われたんです。

中学生で初めてショートカットにすると、周りに似合うといわれ、今もロングヘアはほとんどしません。

大人になると、母も私には髪の毛が短い方が似合うと思ったようで、何もいわなくなりました。

手助けをしにいく

いつも自分の存在の意味がないと思うんですけど、ある友達に言われました。

人を助けるためにいる、と。

私の仕事の場合、教える仕事なので、習いたい、スキルを獲得したいと思っている人たちを助けると思えるのでいいのかもしれないと思います。

私は人を助けるのが好きですし、人の辛い気持ちを思うと、助けたいと思います。

助けるべきだと思っています。人間として当然の権利が奪われている人は特にです。

「仕事しなきゃ」

じゃなくて

「学びたいと思っている生徒さんたちの手助けをする」と考えるとよりやる気が出ます。

私の仕事はあまりお金にはなってないですけど、一応生活できているのは(以前何もバイトにも受からなかったことを考えると)幸せといえるかもしれません。

少しの運動や家事、生活環境を整える、快適にする(^_^)

おはようございます。

最近、憂鬱です。特に朝、目覚めた瞬間です。

何の目的もなく存在している。起きて、活動しないといけない。

でも一度おきてしまうと、気分は全く変わり、爽快に(というといいすぎですが)なっているのが現状です。

特に、掃除、洗濯、コーヒーを飲むこと、は私を起きさせる要因になっています。それらはなぜか「やりたい」と思うんです。

掃除をしたら快適な空間ができます。

快適な空間ができたら、仕事や勉強などの意欲が湧きます。

空間作りは、とても効果のある、いいリラックス方法です。香りのキャンドルやちょっとした飾りなどたまに添えるともっといい気分になります。こういうことも大事ですよね。

洗濯も、たまった衣服を視界に入れなくてよくなるので、良いです。

それに洗剤の香りもいいですね。

 

日常の生活環境を整えること、(それは20分でもOK)、散歩、体操、ストレッチ、など。10分とか20分の行動で、嫌な気分がいつのまにか消えていることがあります。

 

仕事に取り掛かるのが不安になることが私はあります。仕事の進みが遅いと、仕事をしながら不安になるんです。間に合わない、どうしよう、と思うと、焦って胃のあたりが浮き上がってくるような、焦燥感があるんです。

でもそういう時、思い切って、10分なり20分なり、休んでみたら、次のときにもっと生産的になっていることもあります。

 

休むかどうか迷う時もあります。休んだら、そのまま一時間や二時間引きずられて休む場合を想定してしまいます。

 

でもどちらにせよ、私の場合、12時前には必ず寝ないと、夜に生産性は上がりません。それに眠ったほうが次の日の朝、早く目覚めて、午前は生産的になります。

 

私は朝型人間です。

今日もお元気に。

自分について

自己紹介が遅れていました。

特徴を少しだけ書きます。

・音楽教育を3歳から受けました。

 母が毎日、練習に付き添い、見ていたと思います。12歳ごろから一人で練習するようになりました。

 はっきりいって、監督され続けるのは苦痛で、いつも突然大きな声で「そこ違う!」などと叫んでたまに私をどついたりしたのでかなりストレスだったのではないかと私は今思います。

 でも12歳ごろから一人で練習するのが許されたというか、母が見なくなり、私は楽器そのものが嫌でなくなりました。

 11歳くらいまでは時々練習前に腹痛を起こしていました。あと家族旅行でも楽器は持ち歩かされたり、遊園地に行っても、その練習を思うと、夕方などに空しく、残念な気持ち「いやだな・・」と思っていました。

 今思うと、私にとって「教えられる」ということが合っていません。私は本から学ぶタイプの人間で、学校でも、他の事に関しても、「教えてもらう」ということがとても嫌いな人間です。教えてもらう=管理される、虐待されると感じるためです。

(身体的虐待という程度ではなさそうですが、心理的虐待のように今思っています。単に教育熱心なのではなく、悪辣な精神構造が見えていましたから。

 例です。時々、母の指導に従っていると(従わないと絶対に怒りますよね)、母はわざとおかしな指導をして、私がそれに従うと、私を馬鹿にしながら叱ったりしていました。つまり基本的に指導に従うべきですが、指導がおかしいと感じたら自分でそれに反する行動をとらないといけないわけですが、もし指導が正しくて、反する行動をとると、彼女はすごく怒るわけですから、どちらにしても勇気のない私は、反する行動などとてもとれません。)

・大学で:哲学・宗教・倫理学など。

 もともと心理学を学びたいと思いましたが、統計学などの数学的能力が私には他の分野に比べると、幼稚園程度なので、あきらめました。

 人生の意味や世界への価値観を色々な哲学者などがどう考えていたのかに興味がありました。

・ある先生です。

(転職は多いです。バイトは色々です。飲食関係・音楽演奏・教育関係・単純作業などです)

・趣味は今は楽器演奏です。

・人から拒絶されると、入院。23歳(自傷)、27歳(パニック。何をしたらいいかわからなくなる。どこに存在してどこへ行き、何をするかわからなくなる。)、35歳の入院においては、拒絶ではなく大失敗(同僚と関係を持つ。でも彼(A)と私の秘密で他は誰も知りませんし私が自分で大失敗だ、と思ったんです)をしたのでその事実に耐えられずに大量に服薬。実はこのとき人生で一番大量の薬を飲みました。

 

・今30代半ば女

 

 今思うと、人から拒絶をされないことはこの未来起こらないとはいえないので、結婚も恋愛も無理かなと思ってます。老後生きてたとしても一人で死ぬかなと思います。

仕事がうまくできない不安

私の一番親しい人(男Aさん)がまた私を拒絶したと思って、すごく動揺し、もうだめだと思って、怖くなり、絶望的になって、薬を大量に飲もうかと思ったんですが、あとでメールを見ると「今日は疲れたから寝る」と書いてあったので、私を「もうこんな重荷は下ろしたい。僕には関係ない。うるさい人だ。」と思って、携帯電話の電源をきったと思いましたが、勘違いでした。

一度、何度かコールして、出ないので、メッセージをうち、再びコールすると、電源が切られていました。

私は突然ショックを受けて、不安になり、他の友達を片っ端から電話して、ある人(Sさん)が出ました。Sさんは、「もうその男の話はするな。関係ない人だ。彼はあなたに同情しているから、来てるだけで、愛してない。それから自分の心の病気のことは人に言わないほうがいい。皆あなたから離れるだろう。」と言ったんです。

それも真理をついていると思いました。

苦しい病気を隠して生きていくほうがむしろ楽なのかもしれない、と。寂しいですけど。
(特に統合失調症がつらいです。自己が深夜に解体される不安が突然襲って、心臓がバクバク言い出すんです。死ぬんじゃないかと思って、本当に今がついに臨終だ、と思うこともあります。

自分の心があちこちに分離する不安です。

そういう時心臓のあたりに手をあてて「大丈夫、自分のこころは一つにここにある、大丈夫、誰も私を見捨てない。私は一人でも生きられる。私はここにいる。ここに私がいる。」と心の中でつぶやきます。

いつのまにか心臓が音を立てなくなり、自然に眠っていたりします。)

 

明日の仕事の準備で毎日とても不安に駆られています。

なぜかできないんです。

ただボーっとしていて、今取り掛かっている音楽の曲が頭の中でずっと流れています。本当は楽器を練習したいんです。

楽器を練習していると、つらいことを忘れますし、一人でいることも、好きな人が私を苦しめていることも、家族からの言葉や特に親からの言葉を思い出して、腹が立ったり気分が悪くなったり、嫌な気分になることはありません。自己嫌悪にも駆られません。

ただきれいな音を出すために工夫して何度も練習することに精を出すだけです。きれいな演奏をする機械になればいいだけのことです。

時々思います。特に最近ですが、私は演奏家か音楽教育をするべきだったんじゃないかと思います。音楽教育はできます。

私の楽器だけですが・・やり方がわかっていますし、私の親のように激しくしかったり、怒鳴ったり、たたいたり、どついたりしてはいけないとわかっていますし、他の生徒と比較して自尊心を傷つけてはいけないなど、自分がされたことをしてはいけないとわかっています。

音楽漬けの人生は暗いと思って、別のことを大学で勉強しましたが、音楽しか結局できない人間なのでは?私に今の仕事は務まっているとは言えない。特に緊張すると、頭が真っ白になる。音楽ならそういう細かい考えは必要としないし、情報を頭の中でまとめるということも必要ありません。

私の今の仕事では情報を頭の中でまとめて、人に言葉で伝達するというスキルがいりますが、精神状態が悪くなるとそのスキルが低くなり、仕事に支障をきたします。(逆に自信に満ちてポジティブな時もあるので、そうなると、仕事はとても良いです。ギャップが激しいです。)

 

もし人間関係(男Aさんとの関係)で問題や見捨てられる恐怖や不安や、嫉妬や、不満の感情、悲しみ、ふがいなさ、思い通りにならない気持ちなど、そういうプライベートがせめてなければ、まだ務まるかもしれませんが、今の私には到底無理な気がしてきています。

でも明日は仕事に出ます。

まだ明日の朝が残されているので、明日の朝に準備をして仕事にでないといけません。

今は下がり気味の気持ちです

おはようございます。昨日のアクセスが急に伸びていたのですが、なぜかな?と思いました。

今朝はなんとなく、だるさを感じます。目が覚めて、自分の人生が失敗している。父親の私が20歳の時に言った言葉を突然思い出しました「二十歳にもなって講釈するな」。

父親の意見に何か反対した時に、そういわれたのですが、どういう意味なのかいまだによくわからないのです。成人したら、親の意見に反抗してはいけないということを言いたかったのか「二十歳にもなって」の部分がよくわかりません・・・・。

私は大々的に親に反抗をした経験がないので、いつも言いたい事はいえないでいます。たぶん両親が死ぬまで言いたい事はいえないかもしれません。

特に母親には言いたい事は言えません。言ったら、私を嫌いになるでしょう。

 

自殺の考えが、時々出ることがあります。私の人生は失敗しているし、たぶん年を取って、おばあさんになって、ひとりで野垂れ死ぬと想像しています。

今の給料は少しですし、貯金もあまりないですし、結婚もしていませんし。

 

将来が不安なので。それから、自分が年を取っていくのが怖くて。

美貌がなくなれば、男にも愛想をつかれるだろうと思っていますし。

(私は実は自分を美人だと思っています。実際に、そう言われます。別に自慢をここでしたいわけではないですが、私の悩みの一つなので言いました。私は自分がいつまでも美しいことを望んでいて、老いた自分というものを想像すると怖いんです。老いた自分で、せめて誰かに愛されているなら、まだ救いがあると思うのですが、一人で老いるのが怖いのです。)

医者にもこの間、「年を取りたくないから、ここらへんで人生をストップさせたいんです」「外見のよさがそんなに大事なんですか」「はい」

 

医者は私の話があまりに診察室で長いから、時間外でカウンセリングをするという提案をしましたが、法律の関係などで、できないといわれてしまいました。

今病院を移るかどうか考えています。

今の病院では仕入れていない薬を飲んだほうがいいのではないと思いまして。

以前の病院の医者に処方されていたある薬を一年以上飲んでいないのです。

一応統合失調症の薬として同じ効果のものをもらっているのですが、もしかしたら、その以前の医者に処方されていたその薬を飲んでいないから、ずっと去年から不安定なのではないかと思ったんです。

 

統合失調症は悲しい病気です。

それになった人じゃないと、共感はしてもらえませんし、理解も、同情もしてもらえません。それに、社会の偏見もあり、それを聞くだけで「危険な人間なのではないか」と思われることもあると思います。統合失調症の人が危険な行為をするのは、ほぼ薬をきちんと飲んでいない場合だとある本で読みました。

薬をきちんと飲んで、妄想などが出ないようにすれば、被害妄想からの犯罪などは防げると。

統合失調症の人は病院で薬を処方してもらって(軽度なら、診療されずに社会に適応している人もいるそうです。実は過去の私がそれなんだと思います。ただボーダーラインなので、診療を受けているうちに統合失調症だといわれたんです)症状を抑えるべきだと思っています。それが本人のためになります。

 

私は統合失調症のごく軽度のものだといわれているので(それも症状は(自我意識があいまいだそうですが)持続しているものの、症状(たとえば一時的解離など)はストレス状況下で強く出てきますが、ずっと深刻な状態というわけではありません。

ストレスが少ないときは、私はうまくやってますし、有能な人間だと思われています。

 

自分には仕事が少ないと思っています。

つい最近、増やすことができましたが、4回目くらいで、慣れて要領を掴みました。「飲み込みが早い」と言われて、私も「この間まで、この仕事が不可能なのではないかと案じていましたが、今、できると思っています。」と言うと、それは素晴らしい、と言われました・・・。

しかしすると、急に仕事が足りない、もっと増やせると思ったんです。そして今の少なさ、忙殺されない状況を物足りなく、空虚に感じ始め、人生が灰色に思えてきました。

 

要領を得た後の数日は、仕事の準備などが面白く、よし、自分はできるぞ、というポジティブな気持ちでしたが、昨日あたりから、何となく空しさを感じました。

所詮、増えたといっても少しだけ・・・

収入が低いのは大して変わらないこと・・・

学生時代の頑張りに比して、まったく比例する収入ではないこと・・・

特に20代後半から30代前半(今30代半ばです)はひどい経験続きだった。(特に仕事もアルバイトも受からず、水商売をする前がひどい時代だったと思っています。「誰の役にも、社会の役にもたたないんだ」という意識が私をひどく苦しめていました。水商売を初めて、これでも誰かの需要は満たしているという思いは私を救いました。それにそこのスタッフはみな親切でした。でも収入がよかったのは初めだけで、その後あまり売れなくなりましたが。)

でも、これから挽回するにしても、もうおばあさんだし。と良く思います。まだ30代のその年で、おばあさん?ってよく言われるけど、生物学的にはおばあさんだと思っているんです。

 

一度、外見より内面の輝きが人をひきつける、人から重宝されるものとなる、と自分で文章を書いて、納得させたのですが、急に「どうせ・・・」というネガティブな気持ちに襲われています。

 

特に人は、私の悪い状態の私を、受け入れない。悪い状態の私は愛されない、好かれない、みんなそういう常態の私を見たら、去る。

「有能で魅力もある人間だと、そして人格的に優れている人だと思っていたのに」と裏切られた、とみんな言って、去るんだ、と。

そう思うと、悲しい気持ちになりました。

離人感・一時的解離・自我感覚のあいまいさ

ここ一ヶ月ほどの、友達Aからの無視が私の症状をとても悪くしました。

せっかく治ったと思った、統合失調症の症状が、再発していたのです。

離人感。

でも私はごく軽度です。多大なストレス。

スキルアップのための新しい仕事量の増加によるストレス。

完璧にこなさないと私自身が壊れてしまう。自信がなくなってしまう。期待に応えないと、がっかりされる。人のがっかりした顔を見たくない。

喜んで欲しい。私の仕事に、上司も生徒さんも、満足して欲しい。

 

細部にわたって考えるので仕事の要領が悪く、遅く、すぐ終わりません。

 

ふとわきおこる、拒絶された、という気持ち。世界に一人。

誰も私を愛してくれない。

この先、私を愛する人は存在しない。

今も存在しない。

 

こんな私を作ったのは、両親。今の私は壊れた人形。役に立たない人形かも。

 

期待に応えたとき、愛され、ほめられ、笑顔を向けられた。

期待に応えられなかったとき、無視された。または怖い顔をされた。

 

私は母の怖い顔が本当に怖かった。

母の「○○○○○!!!!!!」という叱り声が私をとてもびっくりさせた。

胸が痛んだ。

母にどつかれた。体の一部がじーんとした。じーんと。痛みがじーんとありました。

私をたたいて、そのあと、どこかへ行きました。

一人に取り残され、母は仕事にもどる。消える。ドアがばたんとしまる。

一人で泣いている私と、じーんとした感覚。痛かった。

 

ここ一ヶ月、毎日泣きました。泣き出すと止まらなくなり、吐きそうな気持ちになり、きまって、咳が何度も出ました。

彼がついに愛想をつかした。

浴室で泣きました。

浴室でいくら泣いても、悲しみと寂しさと大きな苦しみが襲いました。

 

ふと、10秒くらいか、私は「え?べつにたいしたことない」「この泣いてる物体は?」「この生き物は?」「これは誰ですか?」「なんでこれがわたしかなあ」

「泣いてる機械だ」「確かに私だけど自動泣く機械」「いちおう生き物」

「ふーん」「別にたいしたことじゃないよね」「おおげさ」「ひとりで演技してるのかな?」「ほんとに悲しいのかな?」

と思いました。

 

私の中に二つの魂があるようでした。

一つの魂はひどく痛み、泣いています。

一つの魂はどこからか、右の頭の上くらいから、見てます。無感情に、観察して、この人誰だろう。 

という感覚になりました。

 

10秒ぐらい私はその時、まさか・・・これは・・・この間本で読んだ、「解離」では。

 

先生に話しました。「自我喪失」「離人感」「一時的解離」「現実感を失う」ということを言ってました。

 

本当ですか?と思いました。

先生がいつもいっていた、「自分が自分と言う当たり前の感覚を失っているのが・・・・この診断名の理由かなあ・・・」と。

私には理解できなかったんですが、初めて自覚したんです。でもこの感覚は高校時代からあったと思います。

手が、マネキンの手みたいな感じ。でもいつもそうというわけではありません。ある時、そう感じるんです。

 

それは数ヶ月間、私の症状が劇的に変化し、ある成功体験のために、私は大きな信じられない自信を取り戻し、目が輝き、服装がおしゃれになり、明るくなり、社交的になり、同僚にお菓子を配り、笑い、笑わせ、大きな声で話す。

 

先生は驚いていました。にこにこしてる。音楽演奏の成功がきっかけでした。

(ステージ上で演奏し、この演奏にほぼ命をかけていました。これで失敗したら私は本物の無能者、死のう、と思ってました。) 

 

私は、この演奏の成功によって自信を取り戻し、完治したと確信しました。

 

よし!これから数年間できなかった思い通りにならなかったことをやるぞ!

私は人生を取り戻せるんだ!

 

 

 

 

あの人が見捨てました。

一ヶ月泣きました。

泣きながら、止まらず、離人感がでたらしいです。

 

私は再発が恐ろしくてたまりません。

恐怖の世界だからです。

不安なんです。

 

でも一応、仕事中。明日の準備をしてます。

そして読みたい雑誌を目の前において、明日の準備が整ったら、見るぞ!(^_^)と思います。

 

あまり考えたくありません。ある感覚を書きたくありません。でも怖いです。

 

今日も、バス停のベンチでわー!と泣きました。呼吸が荒くなりました。

誰とも会いたくない。

 

仕事は早退していました。

突然、生徒さんの話についていけなくなりました。頭が回らず、ボーっとしたい、黙りたい、何も話したくない、話すことが、なくなった。頭が空っぽになるかも。

 

怖い。

 

 

病気が知られる。

 

「ちょっと体調悪いので・・・早退させてください、すみません」

周囲の人は「大丈夫ですか。」

悲しみによる大泣きの発作を見せないために身体の病気のふりをしました。

自信をうしない、おもわず「うつ状態が時々出るんです」と告白しそうになりましたが、身体の病気だといいました。

 

それ以上深く聞かれず、タクシーで帰りました。

 

乗り物が最近自殺の考えを起こさせる事に気がついたんです。

電車、バス、そういう乗り物にだまって長く乗ると、私は世界が枯れて見えてくるんです。このまま破滅していく、世界は終わる、はかない、没落する。

 

没落。荒廃。枯れ草のなびく草原。荒地。沈む太陽。

死んだ土地。死んだ世界。破滅。

 

この感覚。

 

完治した、と思う前のいつも経験していた感覚。

 

それがまた出ました。

 

病気を隠して、薬で症状を最小限に抑えて、生きるためのお金を得るために、仕事をし続けます。クビだといわれるまで、絶対にやめません。

自分からやめません。

 

入院施設は嫌です。「最貧困女子」と言う本をこの間古本屋で見て、目を背けました。

かつての私がその中にいそうで怖いんです。

助けられるものなら彼女たちを助けたい。

 

今仕事があるんです。感謝して、なんとか踏ん張ります。大丈夫、発作が起きたらおきたでその時考えればいい。

 

深く考えない。恐怖の世界を思い出さない。

 

でも今仕事の準備しないと。もういつもなら寝る時間だけど。

このストレスが?原因?再発の?

彼も原因。頑張ろうとしすぎ?

こんな仕事も頑張らないなら私この先どうなるの?

根本治療は仕事すること。

金を稼ぎ、家にはもどらない。

 

 

私なら大丈夫。いつも結果的になんとかなってる。

「私の不安の99%は取り越し苦労だった」(マーク・トウェイン)